現代の「使徒」について(ビンソン・サイナン)

教会史の専門家である神学者ビンソン・サイナン(1934年~2022年。リージェント大学神学部教授)は次のように語っています。

「自分は使徒だと主張する人はおそらく使徒ではない」ということは自明の公理である。使徒は、自分でなるものでも、教会に選ばれるものでもなく、主ご自身によって選ばれるものだからである。
― Vinson Synan, “Who Are the Modern Apostles?”, Ministries Today (March-April 1992), p. 47

It is axiomatic to say that anyone who claims to be an apostle probably is not one. An apostle is not self-appointed or elected by any ecclesiastical body, but is chosen by the Lord Himself.

参照聖句
「使徒となったパウロ──私が使徒となったのは、人間から出たことでなく、また人間の手を通したことでもなく、イエス・キリストと、キリストを死者の中からよみがえらせた父なる神によったのです──」(ガラテヤ1:1、新改訳)

自分は使徒だと主張する人々に対する評価は低かったにもかかわらず、使徒職は今も継続しているという考え方は教会史全体で度々現れた。たとえば、3世紀に誕生したマニ教の教祖であるペルシャのマニ(紀元216~274年)は、みずからのことを「光の使徒」と呼んだ。マニは、自分はこの世に登場するイエス・キリストの最後の使徒であると語った。その二元的な宗教観によって教会から異端として退けられたマニのように、教会史の中で自分は新たな使徒だと主張した人はたいてい異端の烙印を押され、教会から破門された。
― Vinson Synan, An Eyewitness Remembers the Century of the Holy Spirit (Baker Publishing Group), p.174 (Kindle 版)

In spite of the low esteem shown to those who claimed to be apostles, the idea of a continuing apostleship continued to surface sporadically throughout church history. For example, Mani of Persia (a.d. 216–274), founder of the Manichee sect in the third century, called himself the “Apostle of Light.” He said he was the last apostle of Jesus Christ who would ever appear. Like Mani, whose dualistic religion was rejected by the Church as heretical, most people in Church history who claimed to be new apostles have been branded as heretics and excommunicated from the Church.

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