King James Only運動(2)現代の聖書は改ざんされている?

King James Version

今回は、前回の記事に続いて、「現代の聖書は改ざんされている」というKing James Only運動の主張について検証します。

「現代の聖書は改ざんされている」という主張の問題点

欽定訳聖書(King James Version:KJV)は、エラスムスが編纂したギリシャ語本文「テクストゥス・レセプトゥス」を底本1としています。King James Only運動(KJV Only運動)は、このテクストゥス・レセプトゥスを底本にした聖書訳しか認めず、それ以外の底本を使用している現代の聖書は改ざんされている、と主張します。しかし、その主張には以下のような問題点があります。

ウェストコットとホートに対する批判には異論がある

KJV Only運動は、現代版聖書のギリシャ語本文を編纂したウェストコットとホートは降霊術師で、異端的な神学を持っていたと主張します。しかし、それに反する次のような証言もあります。2

スチュワート・カスター博士は、著書『The King James Controversy(King James論争)』の中で、ウェストコットとホートの著書から3ページにわたって引用し、二人がクリスチャンであり、聖書を信じる学者であったと結論付け、 二人が聖書を神のことばと信じていたことを明らかにしている。二人は、キリストの神性、処女降誕、血による贖い、キリストへの個人的な信仰によって救われること、キリストが創造主でありすべての主であること、キリストの一度のいけにえが完全で十分であることなどを信じていた。

Dr. Stewart Custer in his book, The King James Controversy, gives three pages of quotes from the books of Westcott and Hort, showing conclusively they were Christians and Bible-believing scholars. He shows they believed the Bible was the word of God. They believed in the deity of Christ, the virgin birth, the blood atonement, that personal faith in Christ is what saves, Christ is the creator and Lord of all, his one sacrifice is complete and sufficient, etc.

また、それとは別に、編纂者の信仰で聖書の改ざんがあったかどうかを判断するのは、次のような問題があります。

編纂者の信仰で聖書本文の正しさは判断できない

KJV Only運動は、リベラル派やローマカトリック教会がギリシャ語本文の編纂に関わっていることも批判し、現代の聖書はそうした人々の意に沿うように改ざんされていると主張します。

ただ、一方で、KJVの翻訳を命じた英国国王のジェームズⅠ世は、英国国教会に属さない独立教会を禁止し、清教徒と呼ばれるクリスチャンを迫害し、処刑することもいとわない人物だったことを覚えておく必要があります。実際に、ジェームズⅠ世は英国国教会を批判したバプテスト派のエドワード・ワイトマン(Edward Wightman)を火刑に処しています3。清教徒は、英国国教会を国教とする体制を批判し、「聖書のみ」を主張していたクリスチャンでした。KJV Only運動のロジックに従えば、そのような王が招集した翻訳者なら、英国国教会に都合のよい改ざんをしているはずだということになります。

また、KJV Only運動は、現代版聖書のギリシャ語本文の編纂にローマカトリック教会が参加していることを批判しますが、テクストゥス・レセプトゥスを編纂したエラスムスは、ローマカトリック教会の司祭でした。エラスムスが生きた時代は宗教改革の時代だったので、宗教改革に身を投じることもできたはずですが、エラスムスは生涯ローマカトリック教会を離れることはありませんでした。また、エラスムスは、編纂したギリシャ語新約聖書をローマ法王に献上するなど、ローマカトリック教会の指導者への配慮も忘れていません。

KJV Only運動の論者が言うように、編纂者の信仰によって聖書本文の正しさを判断するのであれば、KJVの側にも改ざんの疑いが残ります。聖書が改ざんされているかどうかを編纂者の信仰によって判断するのであれば、水かけ論争に陥ります。聖書が改ざんされているかどうかは、編纂者の信仰ではなく、改ざんがあったかどうかの具体的な事実に基づいて判断する必要があります。

写本が改ざんされているという十分な証拠はない

シナイ写本の場合

KJV Only運動の人々は、ウェストコットとホートが重用した「シナイ写本」を偽造品であると主張しています。この写本は4世紀頃のものとされ、新約聖書のほとんどがそろっている写本としては、バチカン写本と並び、現存する中で最古のものとされています。この写本は、1844年にドイツの聖書学者コンスタンティン・ティッシェンドルフがシナイ山の聖カタリナ修道院で発見したものです。

このシナイ写本が偽造だと主張される根拠は次の通りです。

  • この写本は、当初は白い羊皮紙に書かれていたのに、ティッシェンドルフが入手した後は薄黒くなっている。これはコーヒーや紅茶を使って作った染みで、ティッシェンドルフが写本を実際の年代よりも古く見せるためにしたことである。
  • ティッシェンドルフが聖カタリナ修道院で発見した写本は、古文書学の専門家であるコンスタンティン・シモニデスが19世紀に書いたものである。シモニデスは、ロシア皇帝に献呈するために写本を書いたのだが、それを受け取った皇帝が聖カタリナ修道院に寄贈していたため、ティッシェンドルフが「発見」することになった。

ただ、上記の主張には、いくつかの重要な問題点があります。

  • 写本の年代や真偽を鑑定する専門家である古文書学者は、シナイ写本を問題視していない4。シナイ写本が改ざんされていると主張しているのは、古文書学者ではないいわば専門外の人々である。
  • シナイ写本は筆跡から3~4人の書記が作成に関与したことがわかっている。また、7人以上の筆跡で訂正が書き込まれている5。その中には、シモニデスが話せないアラビア語の書き込みもある。シモニデスは一人で写本したと証言しているので、証言と事実が食い違っている4
  • ドイツのライプツィヒで保管されている写本と英国図書館で保管されている写本では、たしかに写真を見ると色が違うが、色は撮影条件や保存条件で変わることがある。「新約聖書写本研究センター(Center for the Study of New Testament Manuscripts)」の写真専門家であるジェイコブ・W・ピーターソンは、偽造の可能性を否定している。6

KJV Only運動はバチカン写本についても偽造を主張していますが、検証可能な根拠が示されていないので、ここでは取り上げません。

アレキサンドリア型写本の場合

ウェストコットとホートが重視したシナイ写本とバチカン写本は、エジプトのアレキサンドリア地方で作成された「アレキサンドリア型写本」に分類されます。KJV Only運動の人々は、このアレキサンドリア型写本全般にも偽造の疑いをかけています。

アレキサンドリア型写本が偽造であると主張する人々は、アレキサンドリア学派の代表的神学者であるオリゲネス(184~253年)が、自分の教理に合うように写本を改ざんしたと言います。その根拠の一つとして、エウセビウス『教会史』にある記述を挙げています。7

オリゲネスには、一人の裕福な後援者(アンブロシウス)がいました。アンブロシウスは、七百人以上の速記者と、大ぜいの写字生、および、字の達筆な若い女性たちを用意し、オリゲネスが聖書を組織的に改ざんするのを援助しました(エウセビウス『教会史』)。(注5)
(注5)Eusebius,”Ecclesiastic History”,Bk6,ch.23 …

しかし、『教会史』の該当箇所を読むと、改ざんについては何も言っていません。該当箇所は、実際には次のような内容になっています。8

しかし、この頃から、オリゲネスは聖書の注解書を書き始めた。これはアンブロシウスから特に勧められたもので、アンブロシウスは口で勧めるだけでなく、すべての必要な資材をふんだんに提供することで、積極的に後押しした。オリゲネスには7人以上の書記がいて、オリゲネスが話す内容を交代で口述筆記した。オリゲネスには、より洗練された文章を書くために十分な訓練を受けた写本筆写者、若い女性たちもたくさんいた。こうしたすべての作業のために、アンブロシウスは必要な費用をすべて工面したのである。また、アンブロシウスは聖書の研究に言い表せないほどの熱意を示し、オリゲネスに注解書を書くよう熱心にうながした。

From this time, however, Origen began his Commentaries on the sacred Scriptures, to which he was particularly urged by Ambrose, who presented innumerable incentives, not only by verbal exhortation, but by furnishing the most ample supplies of all necessary means; for he had more than seven amanuenses, when he dictated, who relieved each other at appointed times. He had not fewer copyists, as also girls, who were well exercised in more elegant writing. For all which, Ambrose furnished an abundant supply of all the necessary expense. And, indeed he, for his own part, evinced an inexpressible zeal in the study of the sacred Scriptures, by which also he particularly stimulated Origen to write his Commentaries.

『教会史』を実際に読むと、アンブロシウスはオリゲネスに聖書の改ざんではなく、聖書の注解書を書くように勧め、支援していたことがわかります。

オリゲネスの神学には問題があるのは確かですが、そのことと聖書の改ざんをしたかどうかは別です。間違った神学を持っているからといって、聖書の改ざんに手を染めていると決めつけるのはいかがなものでしょうか。オリゲヌスが聖書の改ざんについて語っている発言はありますが、それは次のような内容です。7

福音書の写本の間で違いが大きくなったのは、一部の写本筆写者の怠慢か、他の写本筆写者の道義に反した大胆さによるもので、書き写したもののチェックを怠ったり、チェックする過程で、好きなように長くしたり短くしたりした結果である。

“…the differences among the manuscripts [of the Gospels] have become great, either through the negligence of some copyists or through the perverse audacity of others; they either neglect to check over what they have transcribed, or, in the process of checking, they lengthen or shorten, as they please.”

この言葉を読むと、オリゲネスは改ざんを嘆いていたのであって、改ざんを推進していたわけではないことがわかります。KJV Only運動の人々は、おそらくこの発言をもってオリゲネスが聖書を改ざんしたと主張しているのではないかと思われますが、実際には逆のことを言っています。KJV Only運動が挙げる根拠で、オリゲネスが聖書を改ざんしていたという具体的な証拠は見つかっていません。

聖書の原文に迫る営みは今も続いている

ただ、オリゲネスの言葉から、すでにオリゲネスの時代(2世紀後半~3世紀前半)でも問題のある写本があったことがわかります。ウェストコットとホートは写本の古さを重視したので、シナイ写本を多く採用しました。その点については、新しく発見された写本とも見比べながら、継続的な見直しが必要かもしれません。

現代版聖書は、今ではウェストコット・ホートではなく、「ネストレ・アーラント(Nestle-Aland)」と呼ばれるギリシャ語本文を底本として使用しています。このネストレ・アーラントでは、時代の古いアレキサンドリア型ではなく、KJVと同じビザンチン型(東ローマ帝国のあったビザンチン地方で見つかった写本)の比較的新しい写本の本文が採用されることもあります。たとえば、ピリピ1:14ではビザンチン型の本文が採用されています。このピリピ4:14を取り上げて、『The King James Only Controversy(King James Only論争)』の著者、ジェームズ・ホワイト牧師は次のように語っています。9

現代使われているギリシャ語本文であるUBS(United Bible Societies)第4版とネストレ・アーラント(Nestle-Aland)第27版は、いずれもビザンチン型の写本を採用していることに注目したい。これはなぜ重要なのだろうか?それは、採用するギリシャ語本文を選定する際に、ビザンチン型の写本をあらかじめ排除するという陰謀は存在しないことを物語っているからである。また、年代の新しい写本の方が正しいという明白な証拠がある場合は、それに従って適切な写本が採用されていることを示している。

We might note that the modern critical texts, the United Bible Societies’ 4th and the Nestle-Aland 27th, both adopt the Byzantine reading. Why is this significant? It shows that these texts are not engaged in any conspiracy to deny the Byzantine text a place in textual choices, and that when faced with plain evidence the modern texts will follow it to adopt the proper readings.

KJV Only運動が主張する現代版聖書写本の改ざんは、十分な根拠があるわけではありません。ただ、写本には間違いも含まれるので、他の写本と照らし合わせて採用する本文を決定していくことが必要です。

MEMO
聖書を読むクリスチャンも、気になる時には異なる聖書間で訳文を比較してみると新たな発見があるかもしれません。また、聖書の本文で採用されたのと内容が異なる写本がある場合は、基本的には「異本では~となっている」といった注釈が付いています。そうした注釈を注意して読むとよいかもしれません。

結論

KJV Only運動の「現代版聖書は改ざんされている」という主張は、十分な根拠を欠くものです。編纂者の持つ信仰によって改ざんがあったと判断することはできません。また、KJV Only運動の主張を検証すると、改ざんがあったという十分な証拠もそろっていません。ただ、KJVにも現代版聖書にも、それぞれ議論のある部分があるので、両者の訳を比較検討することで、元々の原文に近付くことができます。

次回の記事では、KJVと現代版聖書を具体的に比較することで、実際にどのような違いがあるのか、KJV Only運動の人々が主張するような大きな違いがあるかを見ていきたいと思います。

この記事を書いた人:佐野剛史

参考資料

  1. 底本とは、翻訳の対象となる原文のことを指します。底本によって原文が異なる部分があるので、どの底本を採用するかによって翻訳結果も変わってきます。

  2. Robert A. Joyner, King James Only? A Guide to Bible Translations (Christian Faith Publishing, 2019) Kindle版

  3. “The Protestant Persecutions” (https://www.wayoflife.org/database/protestantpersecutions.html)

  4. James Snapp, Jr., “Ten Reasons Why Sinaiticus Was Not Made By Simonides” (https://www.thetextofthegospels.com/2017/03/ten-reasons-why-sinaiticus-was-not-made.html) 2

  5. “Codex Sinaiticus” (https://en.wikipedia.org/wiki/Codex_Sinaiticus)

  6. “What Darkened Sinaiticus?” (https://www.thetextofthegospels.com/2018/07/what-darkened-sinaiticus.html)

  7. 「オリゲネスによる聖書の改ざん」(http://www.bible-jp.com/his/origen.html) 2

  8. Eusebius, “Ecclesiastical History” (https://archive.org/details/ecclesiasticalhi1850euse/page/242/mode/2up), p.243

  9. James R. White, The King James Only Controversy: Can You Trust the Modern Translations? (Bethany House, 2006), P.197-198

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